「、なに」

高校生の時、その首は髪で隠されていた。あまり伸びすぎるとハーフアップのように結う事もあったものの、やはりその、頚椎の形が分かるようなことは少なかったように思う。整った顔を隠すような黒い髪。大学生になるとその髪に色が入ったり、短くなったりまた伸びたり、パーマがかかったりと色んな変化があった。ずっと隠されていたはずの首はいつの間にか当たり前のように日光にも人目にも晒されるようになり、今ではそこだけ日に焼けず白い肌を纏うこともなくなった。
例えば耳の後ろにほくろがあるとか、背が高い所為か少しだけ猫背気味で、それゆえ僅かに首が前傾し頚椎が浮き出ているとか。伸ばす意識をすればバシりと背筋も伸び、首もまっすぐ、そして形の良い喉仏が現れる。
そんな虎の首を人差し指の背で撫でた僕に、虎が不思議そうに目を細めた。

「日焼けしてるな、って」

「そうか」

「うん」

社会人になるともうその髪が伸ばされることはなく、通った鼻筋と切れ長の目、薄い唇に無駄の無い輪郭を綺麗にまとめるようなさっぱりとした髪型が定着した。ネクタイでしっかりと締めた襟元を邪魔しない程度の。

「夏だからな」と、何でもないように答えた虎は、もう僕が触れることに何も問うことはなく、再び首をなぞっても反応はなかった。虎は知らないのだろう。その、耳の後ろのほくろを。頚椎の形を。僕がそれを愛しく思っていることも。
ソファーに深く腰をおろし、足の上でノートパソコンを叩く姿が妙に様になっている。そんな虎の後ろを通り過ぎ、梅雨の明けた空を望むように窓を開けた。換気と言えば聞こえはいいものの、吹き込む風は既に温度が高く、けれど数日前までとは違いからりとしている。洗濯機から取り出した衣類をハンガーに引っ掛け、ベランダにずらりとぶらさげて、強い日差しに目を細めると背後から「暑いな」と、低く擦れた声がした。

「暑いね。かき氷食べたいね」

「いいな」

「仕事終わりそう?」

「終わる」

そもそも仕事ではないよな、と自分に言い聞かせるように呟いた虎はパタリと小気味良い音を立ててPCを閉じた。テーブルの上にそれを置き、代わりにすっかり冷めた甘いカフェオレの入ったマグカップを指に引っ掛ける。
持ち帰りの仕事、というほどではないらしい。ただ少し資料集めをしていた程度。別に今でなくていい、そんなふうに投げ出されたパソコンが少し寂しげに見えた。

「夏が来たって感じだ」

「夏だからな」

「ふふ、外暑いよ」

「……」

「大丈夫?出れる?」

車で移動するとはいえ、夏の日差しと気温では少し外に出るだけで汗をかく。じっとりと滲んだ汗が、首筋を流れ落ちる様子が目に浮かぶ。虎のそれはあまりにも色っぽく、タオルを巻いて世間から隠したい気持ちも同時に芽生えた。
夏に備えてもう少し髪を短くしようかという話もあったけれど、僕としては、あまりその首が露出されて欲しくはなくて。もちろん、似合う似合わないの話であればどちらでも構わない。単純に、好きな人をあまり他の人に見られたくないな、という浅ましい考えだ。隠れているとさほど目はいかないのに。何故か、露になっていると見てしまう。
虎の返事に反応しないまま見つめていた僕に、整った顔が小さく傾き「なに、顔、なんかついてる?」と問うた。

「ふふ、なんでもないよ」

よく笑うなあ、と思われているかもしれない。機嫌がいいなあと逆に笑われているだろうか。

「何味にしようかな」

「桃」

「桃か〜……この時間だともう売り切れてそうだね」

「メロン」

「あはは、メロンも怪しいね」

そう危惧しながら、けれどどちらも運良くまだメニューに並んでいた。出だしはわりと遅く、いつもなら売り切れていてもおかしくない時間だったにも関わらず。今日はラッキーだねと、僕は桃を、虎はメロンのたっぷり乗ったふわふわのかき氷にスプーンをさした。甘い果汁が一気に広がり、虎は追加したホイップクリームも大きな口で押し込んだ。
縁日で出るような、硬くて粗いかき氷も好きだけど。たまにはこんな、贅沢でキラキラしたかき氷もいい。

夏が来た。
虎の首筋に浮かんだ汗が、ほくろをなぞって流れ落ちる。形のいい喉仏が、嚥下する度にこくりと動く。

「なに」

「うん?」

「今日、やけに」

「機嫌いい?」

「自覚してんのか」

「なんだろうね」

なんだろう。幸せ以外、なんと言えばいいのだろう。
目の前でかき氷を幸せそうに頬張る虎を前に、僕は、僕しか知らない虎の秘密を数えてはまた“愛しい”と感じ、顔が緩む。

「蓮」

「ん?」

ゆっくり、伸ばされた虎の手が頬を撫でる。指先で拭われたクリームは、そのまま虎の唇に吸い寄せられ、すぐに消えた。

梅雨が明けた。
今年も暑い夏になりそうな、けれどその暑さにもわくわくする。そんな夏が、今年もやってきた。


虎の知らない虎の事

(今年も夏が来て、僕は)
(僕だけが知る虎の話をする)





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -